獣道 レビュー 地方都市のヒエラルキーとアイデンティティを描くブラックインディーズコメディ 少しネタバレあり

獣道という映画を見ました。一見するとちょっとB級の青春映画と切り捨てられそうな作品でしたがなかなか考えさせられるところもありました。

レビューを書くつもりはありませんでしたが後からじわじわと来たので書くことにしました。

監督 キャスト

監督:内田英治 

伊藤沙莉 須賀健太 アントニー 吉村界人
韓英恵 でんでん 広田レオナ 冨手麻妙

近藤芳正 松本花奈 大島葉子 マシューチョジック
矢部太郎 川上奈々美 毎熊克哉 篠原篤
森本のぶ 根矢涼香 川籠石駿平 アベラヒデノブ

地方都市ヒエラルキーの描写

主演は伊藤沙莉さんと須賀健太さんのダブル主演。二人とも子役時代からのキャリアがあり、演技に関しても個人的には天才的だと思っています。なんと言っても二人とも独特の個性があり、決してストーリーに埋もれない。演技の技術とかを超えた、持って生まれたオーラというか雰囲気というかそういう力を感じます。

地方都市の新興宗教ジャンキーの母親のもとに生まれた主人公の愛衣(伊藤沙莉)は宗教施設に入れられ7年の時を過ごします。教団が警察により摘発され愛衣は社会に放たれますが宗教により固定化された思想や価値観のせいで社会に馴染めずドロップアウトします。

もう一人の主人公である亮太(須賀健太)も社会に居場所を作れず不良集団の中に身を置きます。この辺の描写にすごくリアリティがあり、どこの中学だとか〇〇先輩の知り合いだとかそう言った地方都市に今でも根付く独特のヒエラルキーが描かれます。田舎では大人になってもそのヒエラルキーを引きずって、いつまでたっても昔の先輩が権力をもっていたりします。僕の住んでいる地方も令和になった今でもそういう場面を目にします。古き良きではなく、悪しき慣習です。

不良集団の中に芸人であるアントニーさんも出ていますが、彼の演技がとても自然で役にもハマっておりこの映画には欠かせない存在となっています。あと同じ半グレ仲間を吉村界人さんが演じますが、その怪演ぶりも目を見張るものがありました。インパクトが強くて良かったです。

他にもでんでんさんの貫禄ある芝居も良かった。ヤクザ役がハマっている。近頃ではアウトロー、ハードボイルド系に外せない役者となっている。出ていると特殊ながら安心感がある。

アイデンティティの確立に迷走する青春群像

この作品けっこうハードな内容でエンタメ色も強く、いわゆるブラックコメディでもあるが、根本はやはり青春映画だ。まだ何者にもなれない自分に歯痒さを持ち、だがどうしていいかわからない、どうしたいのかもわからない、そういう思春期独特の感性をベースにストーリーが進行する。あがきながら居場所を探し、少しずつ未来を手にしていく。悪の道に落ちていく者、夢を見つける者、平穏を手にする者、自分だけの居場所を見つける者、出てくる登場人物の行く末は様々です。自分というものを見つけるまでの各々の苦悩が描かれていくのを見ながらやはりこれは青春映画だと再認識します。

多少強引で、滅茶苦茶な展開や描写もあるので不評もあると思いますが、そこはこの映画の本筋ではないので、僕は揚げ足を取るような事を書こうとは思いません。人によっては叩きまくるでしょう。

インディーズの在り方

この映画はインディーズ作品で、限られた予算により作られています。インディーズの低予算の製作で、伝えたいメッセージ全て込めるのはとても難しい事だと思います。映像化にあたり色々な制約が出てくると思うので何でも思い通りには描けないでしょう。描写を不快に思う方もいらっしゃるでしょうが、制約の中でこれほどのメッセージを入れ込めたことは映画としてとても質の高い作品であると僕は思います。B級ブラックコメディではなくそういった視線で見るべきだと思います。

そしてこの映画は宣伝費用がなく、ネット上でクラウドファンディングにて配給宣伝費を募り集客に当てています。以前のように足でスポンサーを探すのではなく現代ではこのような新しい仕組みを利用することにより、資金調達を行うこともできるようになりました。これは映画製作の可能性を広げるとてもいい仕組みだと思います。商業性だけを重視したメジャー作品に埋もれず、このような独自の思想を貫くインディーズ作品が生き残ってくれることを願っています。