今回は【犬猿】という映画のレビューです。兄弟、姉妹をテーマにした映画ですが、よくある美しい絆を描いた「兄弟愛もの」などではなく、かなり激しい愛憎劇でした。愛が根底にあるゆえに増す憎しみなのか、はたまた純粋な憎しみなのか、本当のところは物語の中の本人に聞かないとわかりません。ただ誰もがわずかながら心の奥底に秘めた感情だと思います。その奥底の部分をチクチクとつつかれる絶妙な作品です。
概要
2018年製作/103分/日本
配給:東京テアトル
キャスト
窪田正孝(金山和成)
新井浩文(金山卓司)
江上敬子(幾野由利亜)
筧美和子(幾野真子)
監督・脚本
監督・脚本:吉田恵輔
【吉田恵輔】
1975年5月5日生まれ。埼玉県出身。東京ビジュアルアーツ在学中から自主映画を制作する傍ら、塚本晋也監督の作品の照明を担当。映画のほかにもプロモーション・ビデオ、CMの照明も経験。06年には自らの監督で『なま夏』を自主制作し、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭のファンタスティック・オフシアター・コンペティション部門のグランプリを受賞。その後も塚本作品などで照明技師として活動し続け、08年に小説『純喫茶磯辺』を発表。同年、自らの監督で映画化。それ以降は、オリジナルシナリオを映画化した『さんかく』(10)、『ばしゃ馬さんとビッグマウス』(13)、『麦子さんと』(13)や、人気コミック映画化した『銀の匙 Silver Spoon』(14)を発表。16年には「行け! 稲中卓球部」「ヒミズ」などで知られる人気漫画家・古谷実のカルト的人気コミック『ヒメアノ~ル』を完全映画化。
ストーリー
弟の金山和成(窪田)は真面目でイケメンの印刷会社の営業マン。ある日、彼のアパートに、強盗罪で服役していた兄の卓司(新井)が刑期を終えて転がり込んでくる。卓司は和成とは対照的に凶暴な性格でトラブルメーカー。キャバクラで暴れたり、弟の留守中に部屋にデリヘルを呼んだりとやりたい放題。和成はそんな卓司に頭を抱えるが、気性の激しい兄には文句のひとつも言えない。一方、親から引き継いで小さな印刷所を切り盛りする姉の幾野由利亜(江上)は、勤勉で頭が良く仕事はできるものの、太っていて見た目がよくない。得意先の和成にほのかに想いを寄せる彼女の天敵は、頭は悪いけどルックスとスタイルの良さから芸能活動もしている妹の真子(筧)だった。
複雑な感情を抱くこの二組の兄弟・姉妹の出会いを境に、それぞれの関係はさらに大きく歪みはじめる…。
兄弟の位置関係
ストーリーの軸となるのはまず窪田正孝さん演じる和成と新井浩文さん演じる卓司の関係性だ。二人は兄弟だが正反対のキャラクターで、兄はムショ帰りのチンピラ。弟はイケメンの気弱なサラリーマン。ムショ帰りの兄貴がいきなり弟のアパートを訪問し強引に居座るところから物語は始まる。自分のテリトリーをいきなり荒らされ、金までせびられるが文句を言えない関係性。幼いころからの力関係がいまだ継続しており、和成が兄のことを忌み嫌っていても兄弟というつながりがあるため兄を自分から引きはがすことができない。逆に自分も兄から逃げられないのだ。その見えない鎖につながれた感情に振り回され疲弊していく。他人であればとっくに縁を切り二度と会わないだろうが、兄弟というつながりがそれをさせない。他人とは違う兄弟間ならではの複雑な立ち位置が上手く描かれている。世の中にはこのつながりに苦しめられている者も多くいると思う。
激しい愛憎と醜い絆
互いを見下したり、嫉妬したり、恨んだり、時に殺意を覚え、時に希死念慮にかられ、家族や兄弟姉妹間の狭い世界の中で醜い戦いを繰り広げる。世間から見ればただのくだらない身内の喧嘩かもしれないが、当事者たちには幼いころから続く長い戦争である。兄弟や姉妹をテーマにしている映画は数多くあるが大半は美しい絆を描こうとするはずだ。そしてラストでは感動の涙を誘うだろう。だがこの作品は対極にある。憎しみに満ちた、嫉妬に暮れた心理描写が嫌というほど生々しく延々と続く。相手の一挙手一投足すべてに怒りを覚えるような家族内の描写が非常に痛々しい。しかしそれは少なからず誰の心の中にもある感情であり、それが共感出来てしまうからこそこの映画を観ていると心のどこかがチクチクとひりひりと痛むのだ。まさに監督の狙った仕掛けだと思う。
一筋の光も一瞬だけ
※ここから少しネタバレします。
兄弟、姉妹ともにどろどろの悪意の描写が続く中、怒りや憎しみがついに限界に達する。怒りに任せた行動は、真子は姉の由利亜を、和成は兄の卓司を、それぞれ追い込んでいく。その結果、生命を落とす危機に直面することになる。今まで憎しみを向けていた相手が死に直面した時、そしてそれに対峙したとき、はじめて後悔の念を覚える。ようやく慈愛の感情が表出されるのだ。0から100まで悪という性悪説を映画化したような作品ではなく、1か2か、とにかくわずかながらでもそこに愛を見ることができる。もしかしたら愛ではなくただの人間の弱みなのかもしれないが、それを含め愛と呼ぶのが人間なのかもしれない。
このような結末だとハッピーエンドのように聞こえるが、決してこの映画はそのような真っ当なエンターテイメント性を持ち合わせない。いったん一件落着したようにみせかけ、さらに人の悪意を映し出す。ある意味商業的ではない作品。僕は結果としてそこに魅かれたのかもしれない。
まとめ
今回は【犬猿】という映画の紹介でした。同胞の心の裏側にはびこる特有の憎悪を生々しくリアルに描ききった秀作だと思います。起承転結のはっきりしたスカッと終わるエンタメや、感動で泣きたい人には当然おすすめしません。「同胞の緻密な憎悪を上手く描いた稀有な作品」という響きに少しでも心を揺さぶられた方は試しにご覧になってください。心の奥底をチクチクとつつかれる感覚を体感できるかもしれません。
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